安倍元首相銃撃事件で思ったこと その3 マスコミ、いつも通りのマスゴミっぷり

事件直後は、犯行の動機は

政治テロや選挙妨害、または政治家としての安倍晋三に対する批判・怨恨(いわゆるアベ政治を許さない)

などと思われたが、実際には犯人の家庭が新興宗教によって崩壊したことに対する怨恨で、安倍がその新興宗教と関係が深いことが理由であった。

当初、マスコミは犯人が20年も前に辞めた元自衛官であることを強調し、銃火器の知識があるのが普通であるかのように報道した。

また、新興宗教については名前を出さずに「ある団体」とだけ報道し、犯人は逆恨みをしているとした。しかし、フランスやイギリスの報道ではその新興宗教の名前を報道されていた。

この日本のマスコミの報道姿勢に対する批判が強まり、ついにその新興宗教の名前を出すようになった(このブログでは名前は出さない)。

その後、報道はその新興宗教による被害者救済活動をしている弁護士たちが代表するように、新興宗教批判と、言い方はともかくその新興宗教を擁護するコメンテーターたちの対比が目立つようになった。

 

海外がすべて良いとは言わないが、日本のマスコミのダメなところが(扱う事件が重大な分だけ)強調され、おそらくますますテレビ離れ・マスコミ離れがすすむだろう。

あわせてコメンテーターたちの節操なく強引な教団擁護の弁もそれらに拍車をかけるだろう。

 

また、政治家たちもその教団とズブズブの関係にある者が多く、(元来の意味ではなく、一般に通交している意味で)政教分離がされていないことの問題も問われる事態となった。

 

事件直後、まだ犯人の規模も動機も全容が分からない段階で、元首相に対する銃撃という事態にもかかわらず、岸田総理や安倍の妻・昭恵夫人の居場所、移動目標や移動手段などを報道(要人や要人関係者のテロをする者たちに(おそらく悪気なく)情報提供)し、一刻を争う昭恵夫人の行く手をふさぐように撮影したことなどももちろん批判されている。

マスコミは、警察と同じく、基本的に他者を批判するくせに自分たちに甘い組織であり、反省することがない。

そこが嫌われて敬遠されていることに、気づいているのだろうか。

 

つづく