ある国の保険副大臣が、
「多くの国民が治療のために海外に渡航していることから、毎年約1兆五千万円の外貨が流出していると明らかにした。副大臣は、医療現場のホスピタリティー(おもてなし)不足を背景に、患者が外国での治療を選ぶ傾向にあると分析した。」
とのことだ。
なお、通貨と国の名前をいじってわからないように加工した。それは、これから猛烈に悪口を書こうと思うからだ。
まず、副大臣の言うとおり、かの国の医療現場にはホスピタリティーが足りない。ただし、そのホスピタリティーは制度的なものと、各職員の個人的な性格的なものとがある。だから、例えば看護師ひとつとっても、同じ病院なのに本当に優しい方もいれば、ぶん殴ってやろうと思うような奴もいる。また、優しい職員が申し訳なさそうに、そういう仕組みになっているから、対応できません、ごめんね。と言ってくることもある。
そのため、ホスピタリティー云々は原因のひとつではあるが、ささいなことだ。
実も蓋もないことを書けば、なぜ海外に治療に行くか、その原因は医療技術が低く、信頼がおけないことと、金額が高すぎることの2点に集約される。
そもそも、かの国の医者は特権階級であり、白い巨塔がいまだに続いている。日本だと、そうはいっても民間の総合病院や個人クリニックではあまり尊大な医者は少ないが(あくまで診察や検査時のはなし。友人や家族、同じ職場の上司としては別の話)、かの国ではミニ白い巨塔があちこちにある。
といっても、若い医師はそうでもなく、気さくで親切な人も多いという声もあるだろう。その通りだ。しかし、彼らはまさにその気さくさが馴れ馴れしいに変わり、また、その馴れ馴れしいと医師という特権階級の合わせ技で時間にルーズな医者が誕生する。
まず、予約時間にいない。また、診療時間内に個人的な用事で外出する。といったことが頻発する。医師は医療業界ではトップなので、看護師や事務職員がそれをとがめることはない。
その上で、医者になった後に勉強し続ける奴もほぼいないので、医療技術が向上しない。技術以前に病気も知らないことが多い。たまに知っている医者がいて、なぜあなたはその病気のことを知っているのですか?とたいがい失礼なことを尋ねると、答えは海外で勉強したか、家族にその病気の患者がいて、海外に治療にいったかどちらかだ。
余談的に書くと、医大でのカリキュラムと病院のシステムの問題だから、すべてを医師個人のせいにはできないが、レントゲン写真を読めない医者が多い。読めないは言い過ぎかもしれないので正確を期すと、きちんと読めない医者が多い。レントゲンは撮影後、それを読影する専門医が見て、コメントをつけて担当医に渡すことになっている。よっぽど日本のナースや救急救命士などコ・メディカル向けの、これで大丈夫レントゲン読影みたいな本をプレゼントしてやろうかと思った。
日本でも、MRIなどをすれば、技師のコメントがついて画像が担当医に渡される(最近だと電子カルテに貼付される)ことが普通だから、決して担当医以外が読影することが悪いのではない。しかし、時間がかかる(はやくて翌日)ことと、担当医が読影しない(先のMRIの例では、日本の医者なら自身でもMRI画像をみて確認するだろう)ことが問題なのだ。
時間がかかるため、レントゲンをとってその日は終了となる。そして、その担当医の次の出勤日に予約をとっておいてね、と言われて帰宅となる。なお、かの国ではレントゲン写真は持ち帰りできる。というか、患者に渡される。病院で保管をしていない。いや、保管している病院もあることはあるが、多くない。そのため、次回以降、きちんとレントゲン写真を持参しないと、あれ?レントゲン撮ってないの?じゃあ、今日はレントゲンを、、、となることもある。
具体例を書いていったらキリがない。
ともかくも、当たり前だが、医療に求められることは怪我や病気が治ることだ。
それが治らないまたは、治ることが期待できないのだから、それはきちんと治せる海外に行くに決まっている。
そして、マーフィーの法則にも、医者は治せなくても金を取るとあるように、ゼニはきっちりと取られる。それがまた高いのだ。
病気にもよるが、記事中にあった外国(本当は国名が書いてあるが、それは書きません。あしからず)に往復して、ホテルに泊まって手術して帰国しても、自国で手術するより安くて、医療技術に信頼がおけて、さらにホスピタリティがあるのだ。
海外にいかない理由がない。
さらにまだ問題はある、
医療技術に関連して、かの国では都鄙格差(都会と田舎の格差)がひどく、地方でいちばんの総合病院でも治せないから、首都へ連れて行けなどということもザラにある。
もっとも首都へ連れて行けと言ってくれればまだマシで、地方のヤブ医者が、知ったかぶりして誤診することも多い。
そして、カネについてふれる。
まずどの病院もいつも満員だ。ひとつはかの国では医療保険制度のおかげで、かなり安価または無料で診察を受けることができる。
と書くと、素晴らしいようだが、この制度も当然良い面と悪い面がある。ここでは触れない。
ともかく、病院にいくハードルは以前ほど高くはない。
しかし、この制度で安く医療を受けようとすると、時間がかかる。たらいまわしされる。そして、品質(というのかな?)を選べる場合は基本的には低級のものしか選べない。ということがある。
例えば、白内障手術では、レンズのクオリティが何種類かあるが、この制度ではいちばん下の品質のレンズになる。
しかし、ここで、レンズだけはこの保険制度を使わずに、自費で品質のいいレンズを買うということもできる。
そして、病院や医者にどういうふうにカネが落ちるのか、詳しいことはわからないが、この医療制度を使わずに、全部自費で受診したいというと、早く治療してくれるうえに、サービスが良くなる。
病院によってはこの医療保険制度は(国の政策にも関わらず)使えないこともある。ある病院は、去年10月までは使えたが、11月から使えなくなった。ますます、医療機関や医者へのゼニの(略)。
また、医者への贈り物をするとしないとでは、明らかに診察態度が変わる。
そりゃ、同じ高いカネ払うなら外国に行くわな、と思う。
少し長くなってきたが、あと2点お付き合いいただきたい。
まず、宗教と人種の問題だ。
かの国では医療機関でも宗教が決まっている。もちろん他の宗教の患者を排斥することは、表面上はない。しかし、宗教が違う患者は病院食やその他、細かいところで不満がたまることが多い。
この宗教には人種の問題も絡む。つまり、この人種はこの宗教であることが多い、またはあの宗教には入らないことが多いなどということがある。そこで、宗教を理由にして、実際には人種によって待遇を変えることが多い。
前述の医療保険制度でも、多数派の人種の人はたらいまわしに会うことは、他人種に比べて少なく、診察や手術までの時間も短い(というか、他人種にたいして時間がかかり過ぎている)。
もう1点は、患者の問題だ。
これまで医者または医療制度をあげつらってきたが、患者の方にも問題がある。かの国の国民は一般的に信心深い。これは迷信深いとも言い換えることができる。そして科学リテラシ―が極端に低い。まず、日本だと中学校の理科で学ぶような知識は期待できない。
そのため、根っこのところで医者というか医学を信用していない。これは実際に上述のように信用できない医者も少なくないということもあるが。ともかく、患者たちは怪しげな民間療法にすぐ頼る。田舎ではよく分からない植物(や下手をすると鉱物)の入ったクスリを飲むことも多い。もちろん身体に悪い。
そして、仮に医者が医学的な説明を丁寧にしたとしても無駄であろう。彼らはそれを理解できない。そのくせ、即効性のあることだけ望むので、田舎では前述の怪しげなクスリになり、都会ではインチキ医療器具が飛ぶように売れる。しかも腹が立つことに、そのインチキ医療器具のほとんどは日本の名を騙った中国の会社のものだったりする。
(ちゃんとした)薬の値段が高いこともあるが、たとえば自己免疫疾患を気の持ちようや、お祈りまたは波動なんとかで治そうとすることもある。もちろん治らない。
そういう国でよくあるように、かの国でも(病院の調剤薬局ではなく民間の)薬局の薬剤師は信用できるし、信頼されている。売れ筋の商品はイコールよく効く薬ということだから、はずれることは少ないし、色んな患者の話を聞いているから、下手なヤブ医者(あ、ダブルミーニングだ)よりも詳しかったりする。患者も医者とちがって、気軽に話しやすいので、より正確に詳しく説明できているということもあるだろう。
ただし、ここでも注意が必要で、決して薬剤師が悪いわけではないが、彼らは症状をきいて、薬をすすめてくる。けっして病気にたいして薬を選んでいるわけではない。そのため、同じ症状でも異なる原因、異なる病気であるということを患者側が知っていればいいが、、、(諦)。
長くなったが、かの国から外国へ医療サービスを受ける人が続出するのは、決してホスピタリティーの不足が主原因じゃないということをつらつらと述べてきた。
3776文字も書いた。疲れた。