税の重さに耐えてみろ

どうも日本は増税をはばかることなく行い、様々な税の値上げや税率の増加は免れそうもない。

この様々な税には、名目上は税ではないが、事実上の税として扱われる健康保険料や雇用保険料なども含まれる。

もはや取れるものはなんでも取ろうという、植民地時代のオランダやスペイン、ポルトガルも顔負けの様相を呈してきた。

ふと思い出したが、この間(といっても2019年)消費税率を10%に上げたとき、安倍首相(当時)は、向こう10年間は増税しないし、増税を考えることもないというようなことを言っていたはずだ。

 

岸田くんからしたら、

僕、言ってないし、安倍くんも、もういないから確認もできない

というところか。

ジンバブエもびっくり

ヤフーニュースにこんなのがあった。

 

記事を引用しようかと思ったが、記事のタイトルだけにする。

「消費税引き上げ議論すべき 政府税調」

 

・・・・・・

中学校の公民では不況(デフレ)の時は政府は

・減税をする

・公共事業を増やし政府の支出を増やす

という財政政策をすると教えている。

 

難しいことは言わない。

まず、議員と政府関係者(大臣と役人、特に高級官僚)、それから税調のような諮問機関に呼ばれるような学者連中に中学校の社会科のテストを受けさせてほしい。

責任取って辞任します。 なんじゃそりゃ!?

カルト教団にべったりののらくら大臣が辞任した。

経済再生もできない(そもそもやる気があったのかもわからんが)まま、カルト教団との関係について、詭弁や屁理屈とすら言えないようなのらくらした発言(事務所では、一年前の資料は処分してる。さらに記憶にない。しかし、資料もないから確かめるすべもない)を繰り返してばかりだった。

この際、個人的な立場や意見を議論したいのではない。

まあ、辞任でも更迭でも構わないが、大臣にふさわしくないのは間違いない。議員としてもふさわしいとは思わないが。

なにせ大臣の分際で「野党の人から来る話は我々政府は何一つ聞かない」と発言するような奴だ。しかも選挙演説でだ。つまり、これは言ってはいけない内容とは思っていなくて、こういう発言をすれば票をかせげると考えているということだ。たとえ発言を撤回したとて心に留めておかねばならない。

ともかく、政治家はもちろん大臣などにはさせてはいけないような奴なのだ。

が、しかし、あえて留任させるべきであろう。少なくともこのカルト教団についての問題が片付くまでは大臣を辞めさせるべきではないと思う。

理由は単純だ。

ここで辞めさせるのは、大臣ではなくなることが痛手のようにも見えるが、実は本人にとっても自民党にとっても得しかないからだ。

はっきりと言えば、逃げ得になるからだ。

大臣でなくなり、一議員になってしまえば、もう追及もされなくなるだろう。

辞表提出後の記者会見でも、「私は(カルト教団との関係について)説明する意思はあるが、みなさん(マスコミ)は一議員のインタビューはなかなかされませんから」などと舐めた発言をしていた。

業腹だが、事実その通りだろう。もちろん後半の現在よりもインタビューされなくなるという部分について、だ。前半の説明する意思などあるわけがない。

そして、総理にとっても問題のある大臣にきっちり責任をとらせた形をとりながら、実はこいつから余計な問題が出る可能性が減り、さらには他の閣僚や議員に飛び火する確率も減らせたのだ。

どうせ、現在の日本の経済なんか、理由は多々あるが、再生できないのだから留任させて、野党やマスコミのサンドバッグにでもさせておく方が、結果としてカルト教団問題の解決に役立つかもしれない。

ただし、野党とマスコミにそんな大仕事(きちんとカルト教団との関係について追及すること)ができるとも思えないが、まさか与党が追及するわけもないので仕方ない。

なるほど、昔の大人が言っていた「辞めりゃ責任とったことになるわけじゃない」というのは正しかったな。

そりゃあ例えれば、青森の図書館が陰徳太平記をずっと蔵するべきかというと難しいけどさ

市立図書館に行った。

ここはこの一年、精力的に蔵書の破棄をしており、頻繁に譲渡会をしている。

要は市民に、欲しい本があれば持って帰れ、とやって、最後まで引き取り手のない本は廃棄処分になるというわけだ。

 

もちろん、図書館の敷地は有限で、蔵書に利用できる空間も限られている。

だから、新たに仕入れ続ければ、どこかの段階で本の処分をしなければならない。

それは理解できる。

しかし、気になるのは破棄される本の中に岩波の古典文学大系や日本思想体系、郷土史の基本文献(例えれば鎌倉市にとって吾妻鑑や群馬県にとっての新田氏関連の文献)などが含まれていることだ。

もちろん、古い年鑑や辞書、小説でも廃棄しても惜しくないわけではないが、上記のような古典や基本文献は廃棄していいのだろうか?

 

実際には機械的に利用者(貸出数)が少ない本で、出版年が古いものを廃棄しているということだろう。もしもこれは重要な文献で云々と言われたら、そういう研究や調べものに使うような本は県立図書館や大学の図書館にもあるから、そちらを利用してくれというのだろう。

 

元々、公立図書館の役割について議論がされぬまま(されぬは言い過ぎか、議論が不充分でなあなあのまま)ここまで来た。単なる無料の貸本屋か、あるいは就業支援や進学支援に使えるような本を充実させたり、あるいはその土地のことを書いた本のコレクションに特化していたり、とよく言えば各図書館の自主性に任せられている状態である。

 

そろそろ図書館の在り方「も」きちんと考えた方がいいけどなあ。

というようなことを、廃棄されそうな日本思想体系の新井白石を見ながら漠然と思っていた。

集英社創業95周年記念企画

本屋に行ったら、集英社のパンフレットがあった。

『アジア人物史』

全12巻と索引巻、あわせて13巻のシリーズのようだ。

 

集英社創業95周年記念企画で全編書き下ろしの企画だ。

アジアの人物評伝を、古代から21世紀まで時代順に並べたもののようだ。

パンフレットには「初の本格的アジア通史」ともある。

 

とりあげる人物も面白そうだ。

特に古代の朝鮮の王たち、琉球からは尚巴志羽地朝秀、蔡温、程順則や関連して徐葆光。

そのほか東南アジアや中近東の人物には興味がつきない。

また、戦前・戦後の現代史に2巻を使っている。

 

編集委員はともかく、総監修が姜尚中

また、月報の著者がほぼ小説家や漫画家、ジャーナリストなどばかり。

カバーイラストは荒木飛呂彦の書き下ろし。

 

期待しすぎないほうがいい気がする。

エリザベス女王崩御

9月9日 午前4時記す。

ヤフーニュースを見たらイギリスのエリザベス女王死去の報があった。

 

以下引用

 英王室は8日、女王エリザベス2世が死去したと発表した。96歳だった。女王死去を受け、長男チャールズ皇太子(73)が新国王として即位する。

 1952年から70年間に及んだ在任期間は、君主としてはフランスのルイ14世(在位1643~1715年)の72年と110日に次ぎ、史上2番目の長さだった。今年6月には在位70年を祝う式典が開かれたが、最近は健康不安も伝えられていた。

 1926年4月21日、ヨーク公(後の国王ジョージ6世)の長女としてロンドンに生まれた。本名エリザベス・アレクサンドラ・メアリー・ウィンザー。妹はマーガレット王女。47年にギリシャ王室の血を引くフィリップ・マウントバッテン大尉(エディンバラ公)と結婚。父の病死に伴い、52年2月6日に25歳で即位した。53年6月2日にウェストミンスター寺院戴冠式を行った。長男チャールズ皇太子、長女アン王女、次男アンドルー王子、三男エドワード王子の3男1女をもうけた。

 「英国の顔」としての外遊は約100カ国、260回超。71年の昭和天皇訪英の返礼として75年に訪日した。旧植民地諸国を中心とした緩やかな連合体・英連邦(コモンウェルス)の元首も務めた。

 国民から敬愛され、居城バッキンガム宮殿やウィンザー城は観光名所として人気を集めた。一方、チャールズ皇太子と離婚したダイアナ元妃が97年に交通事故死した際、数日間弔意を示さなかったことで一時は批判も浴びたが、以後はパブを訪れる姿を見せるなど「国民に近い王室」の発信に努めた。

 新型コロナウイルス感染拡大直後の2020年4月には、「私たちが団結し、強い意志を持ち続ければ、病を必ず克服できる」と国民を励ますテレビ演説を行い、英国内で約2400万人が視聴。危機の際に国民をまとめる存在感を世界に示した。

 21年4月には夫フィリップ殿下(当時99歳)と死別。今年2月にはコロナに感染した。

 女王に仕えた英首相は第二次大戦を勝利に導いたチャーチルから現在のトラス首相まで15人に上る。

 

引用終わり。

 

また時代が変わる。そうして歴史は紡がれ続いていくというのは、頭では分かっている。

しかし、なぜだろう。一つの時代が終わる、という感じの方が強い。

直接どころか間接的にも(自分で認識できる部分では)微塵も関係ないのに、寂しさを覚える。

もはや昭和は、どころか平成すらも遠くなりにけりだが、今回は何が遠くなったのかすら分からない。

あるいは20世紀そのものか。

 

まずはQueen's englishがKing's englishに、her majestyからhis majestyになるのか。

裏世界ピクニック読了

『裏世界ピクニック』を7巻まで全部読んだ(現在7巻が最新刊)。

 

すいすい読める一方、細部が分かりにくい気がする。

元々自分が小説を読むのが苦手というのを差っ引いても、場面転換が唐突で、たまに誰の台詞かわからないことも少なくない。

オマージュ元(オマージュ先か?)のストルガツキー兄弟の『ストーカー』(邦題『路傍のピクニック』)にも興味を覚えた。

各話でモチーフとなった怪談も、できる限り読んだり聞いたりしてみた。

 

登場人物に男性がほとんどおらず(汀とDS研の医師、大学の教員くらいか)、実質的に女性だけの世界だったが、ストーリーが急に百合に寄ってきた。

また、個人的な問題で7巻月の葬送での潤巳るなの台詞が一々、心に刺さる。特にp284~286のやりとりには(作者にそんな意図はないだろうが)考えさせられた。

閏間冴月は頭の中で、うしとらの白面、特にキリオの母親を演じているときのようなイメージで再現された。挿絵ではもちろん違うが、当たらずとも遠からずか。

小桜が冴月のことを、人でなし、人を人とも思ってない、人を機能でしか判断しないなどと言っているが、このあたりのエピソードを深掘りしてほしいなと思う。

先のるなの台詞とあわせて、小桜のp287、288の台詞にも考えさせられた。

 

8巻が楽しみだ。