相も変わらず体調はよくない。
仕事もやる気がでない。
読書とゲーム、DVD鑑賞をダラダラとしている。
しかし、面白い本、漫画、ゲームや映画が実に多い。
とても時間が足りない。
相も変わらず体調はよくない。
仕事もやる気がでない。
読書とゲーム、DVD鑑賞をダラダラとしている。
しかし、面白い本、漫画、ゲームや映画が実に多い。
とても時間が足りない。
この1週間ずっと歯が痛い。
左側全体が痛いのだが、特に左下、あごの部分が痛くてだるい。
基本的に起きているときはずっと痛だるい。
とうとう夢でまで歯痛を話題にしていた。
歯医者は1月末に親知らずを抜いたので、歯肉が盛り上がるまでのものだという。
なるほどとは思うが、2月と3月は痛くなかった。
4月になってから痛み出したのだ。
しかし、実際歯医者に行った後は数日痛くなかったりしたので、
なるほどと納得する気持ちと、だがしかしという疑念が伯仲していた。
しかし、この1週間は冒頭に書いたように基本的に痛くない時がなかった。
今日、外出した時にラジオで某歯科医院のCMをやっていた。
そしていいかげん痛だるかったので、セカンドオピニオンと思い行ってみた。
その歯科医に、左下が痛いと言った。
歯科医はレントゲン写真をみながら、左上に麻酔をしましょう、と。
やりとりは省略するがビンゴ。左上の奥歯にでかい虫歯が。
すでに神経をやられていたので、神経を抜いた。
普通の人なら痛くて痛くてもう我慢できないはずですよ、と言われた。
歯科医曰く、痛い箇所と患部は違うことも多い。
これは以前通っていた歯医者も言っていた。彼は痛みが回り込むという表現を使っていた。
解剖学的な神経の構造をみるとそれは理解できる。
しかし、そんな大きな虫歯を見逃すのはなぜかときくと、
歯科医は、おそらく(以前の歯医者は)左下の困難な親知らずを抜いたから、それが悪さをしているはずだという先入観がはたらいたのでしょう、と。
確かにこの歯科医、レントゲン写真をみながらすぐに、左下の親知らずはそうとう大変だったんじゃないですか?口腔外科でやりましたか、それとも個人の歯科医院ですか?と聞いてきた。
まあ、後悔がないわけではないが、
恐らく以前の歯医者に行った後痛くなくなるのは、まだ症状が(今よりも)軽く、ここ1週間ほどはもはや悪化をしきったのだろう。
今日に限り、なぜかいつも聞いているラジオCMに敏感に反応し、すぐに(恐らく20分以内)歯科医院に行ったのは何かがあったのだろう。
そのことを喜ぼう。
少なくともこの記事を書いている23時20分現在は、歯科医の言った通り痛みもない。
ありがたい話だ。
ネットでイオンがタイ・フェアをやっていると知って、
矢も楯もたまらずイオンに行った。
県内で一番新しく一番大きい店舗だ。
ない、タイ・フェアが見当たらない。
北海道物産展などというものをしていた。
唐揚げをザンギなどとうろんな名前で売っており、北海道と関係あるのかわからないイチゴ大福を売っていた。
ストⅡのザンギエフは、、、唐揚げFかしらん?
などと考えながら、カスタマーサービスで尋ねた。
カスタマーサービスの店員さんも知らない感じで、あちこちに内線して聞いてくれている。
5分ほど待ったら、どうやら大々的なフェアではなく、食品売り場のカップラーメン、アイス、果物のところでタイのものを売っているということだそうだ。
チラシをもらい、食品売り場へ。
果実コーナーでタイ・フェアの棚が。
しかし、いちごフェアの棚よりも小さい。
まあ、いいかと果物をみたら、あった、ドリアンが、4つ。
1つ4千円。
買い占めようかと思ったが、まずは1つだけ買った。
マンゴーとアイスも1ケずつ。
ドリアンが早く熟さないか、楽しみだ♬
車検がおわって、車を受け取った。
修理工場の社長と3時間半もおしゃべりしてしまった。
代車もなかなかよかったが、やはり自分の車の方がいい。
温泉に行った。
スポーツジムに併設されているものだ。
1時間ないくらいお湯に浸かっていたらのぼせた。
講談社現代新書「自民党秘史 過ぎ去りし政治家の面影」を読んだ。
昔の政治家は顔が見えた。良し悪しはともかく、様々なエピソードがあったという。
そういえば、現在は自民党というより安倍一強ということもあるが、野党の政治家どころか、自民党も誰がいるやらあいまいだ。
対して昔の政治家は確かに、さしてニュースなどみなかったのに誰がいるかはもちろん、(限定的ではあるが)エピソードもよく広まっていた。
18話あり第14話(第二部)までは面白かった。
第15話以降(第三部)は新聞記者の話であまり面白くなかった。
森喜朗元首相については印象が変わった。
子供心に印象のなかった宇野宗助元首相についても興味が湧いた。
10年後にもう一度読んだらどう思うのだろうか。金丸信など周囲に覚えている人がいるだろうか。
去年のマイブームで池田勇人がきたが、あるいは戦後政治史に手をだす時がきたのかもしれない。