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原作はよかった。映画は悪くない。悪くはないのだが。

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」と「武士の家計簿」を観た。

どちらも原作は読んでいる。

ブラック会社以下略は一度みていた。途中(飲み会あたり)で気づいた。

当時はIT業界にのみ顕著だったブラック企業が、今では恒常化していて、その点では意外性がなくなっていることに、映画の評価とは関係なく愕然としてしまう。

よくみればブラック企業ではなく、ブラック会社という表現であること。タイトルが文章になっている点も、現在のラノベの先取りのようでもある。

原作というか元スレッドは新潮社から出版されてるが、2chのスレッドをそのまま印刷したのが当時は斬新だった。出版は2008年である。

品川は本当に粗野な先輩役が似合う。

 

武士の家計簿は原作を家族の物語にした映画。

まず時代劇としては落第。まず言葉遣いが完全に現代語である。しかも原作にはなかった自己実現やらの現代的な考え方がてんこ盛り。とてもじゃないが時代考証をしているとは思えない。いや、(映画だけみれば)原作が歴史学者の書いた一般書とは思えない。ま、こういう欠点はこの映画だけではないが。何やらいう作品では江戸時代に女子に学問をさせ(この時点でまずありえない)、その理由が自分の頭で世の中のことを考え自分の進路を定めるためとか、その女子の父が言っていた。ファンタジーよりファンタジーだ。もはや時代劇である必要がない。

ともかくも、現代の家族劇ならば佳作。特に仲間由紀恵松坂慶子が素晴らしい。

松坂慶子はなんだろう、出てくるだけで場面が明るくなる。というより暗くならない。たとえ深刻な場面でも、だ。大河の毛利元就のお杉の方をもう一度みたいな。

テーマ曲がのうち1つは軽く明るい(といって明るすぎない、卒業式でかかりそうな曲調)がもう1つは悲しげ(アンハッピーエンドの洋画にありそう。決着はついたがめでたしめでたしにならない感じというか、あるいは亡くなった人のことを回想しているときにピタリと合いそう)だ。最後のスタッフロールは悲しげな曲だった。

ストーリーは成之が回想している体をとっている。にしては成之出生以前のことも描かれているが。

最後は直之、お駒、成之が亡くなったことや成之とその子供達二人も海軍に入ったことをテロップで紹介してからスタッフロールで悲しげな曲だった。

そのため、別段悲しい映画ではないはずだが、観終わった感じが悲しい映画を観たときのそれと同じであった。